STORY Act 1 Target in Sight AM3:00 月明かりでぼんやりと照らされた廃墟。 いくつものビルが立ち並んでいる静かな夜。 突然、ひとつのビルの入り口から激しい銃声と3つの影が疾走してきた。 「ちょ、マジやべーって」 「明らかにお前のミスだな、カイ」 「だってさーレン、くしゃみしたらセンサーに触ったってのはしょーがなくね?」 でもヤッパ俺のせい?と悪びれず呟く横顔は、バイザーをかけていてもかなり若いことがわかる。 「なーキラ姉、晩メシどーする?」 「うふ、この新しいブーツ履き心地サイコー♪やっぱ高いものは違うわよね!」 「オッケー、外食な!!!!」 かみあっているのかいないのかわからない二人の会話に、レンはため息をつく。 ふと、先頭を走る細い肢体が纏うジャケットに銃弾がかすった。ぴたりと止まったキラに後を追う二人の間に、緊張と戦慄が走る。 「……キラ、大丈夫大丈夫!全っ然、穴とか空いてないから」 「安心しろ、少し焦げただけだ」 恐る恐るなだめるカイにレンは淡々と事実を述べる。立ったまま小刻みに震えていたキラが次の瞬間、がらりと豹変した。 「このジャケいくらしたと思ってんだコラァ!」 いきなり振り向き際、小さな物体を思いっきり遥か後方に投げつける。 「ぅわっマジかよ」 俊敏に二人が避けたすぐその後ろで、響く爆音と閃光。ビルから吐き出されるように追いかけていた大量の警備ロボットが火に包まれ、ビルの入り口が崩れて見るも無惨な光景が広がった。 「あちゃー、やっちゃったょキラってば」 一瞬の閃光のあとでバイザーをあげて、一人の青年の顔が露になる。どうやら彼がカイと呼ばれた青年だ。クリーム色の髪に蒼い瞳。歳はおそらく16くらいだろうか。こえぇよー、と騒ぐ姿はかなり幼い。 「いくらなんでも、やりすぎだ」 静かにさとしたのは銀色の髪に、灰色の瞳のレンだ。こちらはバイザーを填めたまま、人形のように整った眉をしかめている。 「はぁ?ちょっとありえないわょ。あのちゃっちい警備ロボットよりも高いんですけどこのジャケット!!!」 「じゃーそんなん着てこなきゃいいじゃん」 ぼそりと言ったカイにキラの怒りが爆発した。 「カーイ?どの口でそれを言うのかしら。そもそもアンタが警報鳴らさなきゃ良かったわけでしょ」 「あ、ひでぇ。でもディスクGETしたの俺じゃん。てゆーか、今マジで危なかったし。俺たち殺す気かよ!?」 「そーんなことカンケイないね!弁償であたしの取り分一番だから、はい決定!」 うわーマジかよありえねぇ!と叫ぶカイを無視して、キラと呼ばれる女はバイザーをはずして艶やかに笑った。 肩のラインで切り揃えられた漆黒の髪に、紅い瞳。三人の中では、おそらく彼女が年長者だろう。 「ほら、カ〜イ。」 マジかぁ、俺のゴージャスな予定がぁ、べしょっと地面に両手をついて悶えるカイの目の前でしゃがみ手を差し出す。 「ディ・ス・ク♪」 目の前でリズミカルに振られる手に、カイはがっくりと肩を落とした。 「…………はぃ」 「ありがと、おりこうね」 ディスクを受け取ってカネッカネ〜っと意味不明な歌を歌いながら、通信端末にディスクをさしこむ。画面に沢山の文字が浮かび、システムが展開していく。 「キラ、少し気になることがあるんだが」 二人のやりとりを傍観していたレンが、画面をあやつるキラに近寄った。 「ん?なによレン。あんたもお腹すいたの?」 これが入れば豪華ディナーだからねっと、パスワードを軽やかに打ち込んでいく渋い顔をしたレンが、背後で呟く。 「確か今回のミッションは」 「はああああっ?なによこの賞金?どーなってんのょ!」 キラの突然の叫びに、一人でひっそりいじけていたカイがのそのそと近寄る。画面の前でフリーズしたままのキラの後ろから、ディスプレイに表示された金額を読み上げた。 「えーと、コードBALKの報酬額は†30000→†9000。…うおっ、めちゃめちゃマイナスされてるじゃん」 あらフシギ、ゼロが一個消えてる〜とおどけたカイに対して、レンが冷静に分析してみせる。 「だから、今回のミッションは騒ぎを起こすことは厳禁だったはずだ」 淡々とその後も喋るレンを無視して、キラが凍りつき。 いやぁぁぁぁっという悲痛な叫びが夜にこだました。 追いかけるように野良犬の遠吠えが響く。 ・・・・・・・侘しいことこの上ない。 一人でうちひしがれているキラの側で、カイが地べたに寝転ぶ。 「なーなー、はらへった」 上目遣いのカイを睨み付けて、キラが吐き捨てた。・・・・・いわゆる八つ当たりだ。 「今日はカップラーメンよ」 キラの言葉の後で、うそだあぁぁぁーとカイの嘆きが響いたのは、まぁ仕方ないことだろう。 またもや犬の遠吠えが響く中、一人レンは深いため息をついた。 ここはtrash box。 欲望が渦巻く背徳の街。 安っぽいネオンが輝く街には腐る寸前の果実のような甘い匂いが立ち込める色宿がひしめき、麻薬売りが蔓延る。そして、一等地に住む金持ちがさらなる金を得るために降りて密談をする。表沙汰に出来ないような企業のビルが廃墟に並び、大金が湯水のように消費されている。 そして彼等のように、企業の機密を金で買う賞金稼ぎ。 ここでは欲望は生きるための糧だ。 住人達は尽きない欲望を抱き、天国を夢見て、今夜も踊る。 「あぁーもうどうしていつもこうなのかしら」 ずずずず、とカップラーメンをすすりキラが呟く。 廃墟と化した企業ビルが立ち並ぶ場所からかなり離れたスラム街の一角にある下品なくらい飾り立てたネオンのビルの一室が、三人の拠点だ。 小さなアパートメントには、色宿の住人達の割合が多い。ベランダには派手なドレスが揺らめき、廊下にはきつい香水と化粧の香りが染み付いている。 「何よあのしょっぼい賞金、これじゃいつまでたってもヘブンに行けやしないじゃないのよー」スープをしっかり最後まで飲み干して、キラは勢い良くテーブルに突っ伏した。 「でも俺、別にヘブンとかあんま興味ないしー」 横でガツガツと物凄いスピードで平らげながらカイがのほほんと言う。 「あんたねーヘブンに行きゃなんだってできるのよ」 ガバッと起き上がってキラがそう言っても、カイはきょとんとするだけだ。 「だって俺、あんま贅沢とか興味ねーもん。なーなーレンは?」 「俺も別に」 隣でパソコンを見つめて黙々と食べていたレンが、顔を上げてそう言うとまたディスプレイに視線を落として黙々と食べ続ける。 素っ気ない二人にキラはがくりと肩を落とした。 「なによなによ、あたしだけなわけ?」 ――――こんなゴミを漁るような真似を二人にはさせたくないのに。 心で呟いた声は絶対に内緒。 うつ向き、暗い顔をして考えに更けるキラにレンは苦笑する。 ・・・・・・・・いつもながら彼女は解りやすい。 blue heavenー通称ヘブンは上流階級のみが住むことを許された一級地域。 派手で煩いtrash boxと違って、遺伝子復元された緑や湖が散りばめられた楽園だ。 「も〜う、なんか騒いだらおなかすいちゃったじゃない」 考えに沈んでいた意識を急上昇させて、もういっこ食べよーっと伸ばしたキラの手が宙を切る。 「あ、ゴメン!俺が食べてるので最後なんだーキラ姉食べたいならもっと早く・・・・んがっ」腹いせに思い切りスプーンを投げ付けたのが、見事にカイの後頭部に命中した。 「いてぇよ、この暴力女!」 「ヒドイ!あたし一個しか食べてないのにぃ」 「俺だけじゃなくてレンだって結構食べてるじゃんよ」 見ればカイだけでなくレンの前にもかなりの量の残骸が積み上げられていたが、そこは普段の行いの賜物で目をつぶる。なんで俺だけ?と後頭部をさすりつつ、カイはぼやくがキラは素知らぬ顔だ。 「本当にないの?もう、ありえないー」 ふて寝してやる、とヨロヨロとソファに倒れこんだ。 クッションを羽交い締めにして、背中を向けたままキラは目を閉じた。 (それじゃなくても、早くこんな街から出たいのに) 今でも夢に見る。 あの頃はまだ優しかった父親が、一度だけ連れていってくれた楽園を。 酒に溺れずに暴力をふるうようになる前のこと。 眩しい笑顔が自分に向けられていたのに。 「いいか、キラ。よーく見とくんだぞ?もうすこしお金が貯まればキラもお姫様みたいに・・・・・」 あの日ヘブンのゲートから広がる美しい光景を、そして幼いキラを抱き上げて微笑んだ父親はもうどこにもいない。 ヘブン移住のための金を騙し取られて以来、生活は一変した。父親は毎日花街に入り浸り酒をあおり、暴力を振るう。 11歳の冬のある日、酒を買いにわずかな小銭を握り締めてキラは身寄りのない子供たちを保護する施設[GARDEN]の門を叩いた。 真冬に裸足で、体中にあざを作っていた幼い少女をシスター達は快く受け入れた。 trashboxでは、悲しいことに日常茶飯事の光景だったのだと思う。 「・・・ねぇ、カイ。あんたGARDENのこと覚えてる?」 食べ終わり満足して足下に寝転がったカイはすでに眠たそうだ。 「覚えてるも何もキラ姉、俺あそこで生まれたんだぜ」 正確には、そうではない。 カイはGARDENの入り口に生まれてまもない状態で棄てられていた、とキラはシスターから聞いている。 「・・・・そうね。カイは帰りたい?」 「どうしたのさ、ここが俺のうちだから。全くらしくないじゃん。キラ姉はもっとさぁ」 「もっと?」 聞き返すとカイはすでに眠っていた。 穏やかな寝息を立てるカイを見つめて、キラは苦笑して足元にあったブランケットをかけた。 すやすやと足元で眠り始めたカイをソファーの上からじっと見つめる。 常に煩いtrashboxもさすがに深夜は、喧騒が穏やかだ。 花街の住人たちも、今は甘い夢の中。 狭いアパートメントには、レンがパソコンのチューンアップでキーボードを叩く音とカイの寝息が聞こえる。 キラはクッションを抱き締めて丸くなったが、中々眠れずにソファーの背もたれを見つめていた。 「・・・・ねぇレン。後悔してない?」 静かにキーボードを操作していたレンが手を止める。 「・・・・・何を」 「私と一緒にGARDENを出たことよ」 思い詰めたようなキラの声に、レンは作業のためにかけていた眼鏡を外してキラを見つめた。「もうその話はするなと言ったはずだ」 「・・・・でも、あの時に他のチームに誘われてたじゃない」 GARDENを抜けるときカイとレンを誘ったが、レンはその能力を買われて他のチームに誘われていた。誘っていたグループは同じようにhevenの情報を金と引き換えて、結構な暮らしをしていると風の噂で聞いた。 「お前に誘われたのはきっかけで、決めたのは俺だ。」 「・・・・そうね」 ふう、と暗いため息をついたキラにレンは腕を組んだ。 「レン、ごめんね」 ぽつりと呟いて、キラは静かになった。 しばらくして聞こえてきた二人分の寝息に手元にあった珈琲を飲む。 コードネームBALKとして、コンビを組んでから四年間。 確かに大儲けはしてないが、それなりに金を稼いでいる方だと思う。キラは一刻も早くヘブンに行こうと必死だが、正直自分も、そしてカイも今の現状に満足しているのに。 カイの機敏さとキラの交渉と力技、そして自分のプログラミング。 (・・・・うまくいっている、と思うんだがな) キラは大抵今夜の様に仕事が失敗するとしばらくしてから落ち込み、何かを思い出してさらに落ち込む。 きっと父親のことだろうとは思うが、いつものことだから明日は元気になっているだろう。 「キラ姉それ俺のぉ」 突然もにゃもにゃっとカイが言って、ブランケットが宙を舞い自分の足元に落ちる。 1人苦笑して、レンは立ち上がってカイの元へと歩み寄った。 背中を丸めて眠るキラと、大の字のカイ。 眠る姿は、人間の本質が表れるという。 そのとおりだとレンは思う。 まぁ、ほうって置けないのも自分の性というものだろう。 ブランケットをカイにかけて、ついでにキラにもかけた後。 腰に手を当てて、ちらかったままの部屋を見回す。 「シチューとパンくらいでいいか・・・」 片付けは起きたら二人にやらせるとして、とりあえずお腹を減らせたまま寝たキラと、欠食児童のカイのためにレンは料理をしようと微笑んだ。